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旧皇居の正殿・紫宸殿を寛永年間(1624年-1644年)

金堂(国宝)- 慶長18年(1613年)に建立された旧皇居の正殿・紫宸殿を寛永年間(1624年-1644年)に移築・改造したもので、近世の寝殿造遺構として大切である。宮殿から仏堂への用途変更に伴い、屋根を檜皮葺きから瓦葺きに変えるなどの改造が行われているが、宮殿建築の雰囲気をよく残している。
御影堂(重文)?旧皇居の清涼殿の用材を用いて建設したもの。宗祖空海を祀る。
仁和寺御殿?仁王門から中門に至る参道の西側に位置する仁和寺の本坊で、宇多法皇の御所があった辺りに建つ。宸殿は近世初期の皇居・常御殿を移築したものであったが、1887年(明治20年)に焼失。現在の建物は明治時代末?大正時代初期に亀岡末吉の設計により再建されたものだが、庭園とともにかつての宮殿風の雰囲気をただよわせている。
遼廓亭(重文)?江戸時代の画家・尾形光琳の屋敷から移築されたもので、葺下し屋根の下に袖壁を付け、その中ににじり口を開いているのが珍しい。
飛濤亭(重文)?江戸時代末期に光格天皇の好みで建てられた草庵風の茶席で、腰をかがめずに入れるように鴨居の高い貴人口が設けられている。
その他、五重塔、経蔵、九所明神社本殿、御影堂中門、観音堂、鐘楼、仁王門、中門、本坊表門(以上重文)などがあり、大部分は徳川家光の寄進で寛永年間に整備されたものである。
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国宝 [編集]
金堂
木造阿弥陀三尊像?もと金堂に安置され、現在は寺内の霊宝館に移されている。仁和4年(888年)創建時の本尊といわれる。
木造薬師如来坐像?本坊北側にある霊明殿(仁和寺の歴代門跡の位牌をまつる堂)の本尊。1986年、京都国立博物館の調査で初めて概要が明らかになり、1990年、国宝に指定された。康和5年(1103年)、白河天皇の皇子・覚行法親王の発願により仏師円勢と長円が造像したものである。本体の像高11センチ、光背と台座を含めても24センチほどのビャクダン(白檀)材の小像で、光背には七仏薬師像と日光・月光菩薩、台座には前後左右各面に3体ずつの十二神将を表わす入念な作である。
孔雀明王像(絵画)?中国北宋時代の仏画。
宝相華蒔絵宝珠箱(ほうそうげ まきえ ほうじゅばこ)?平安時代前期の漆工芸品。蒔絵の初期の遺品として貴重。
三十帖冊子・宝相華迦陵頻伽蒔絵ソク冊子箱(ソク=土へんに「塞」)(ほうそうげ かりょうびんが まきえ そく さっしばこ)?「三十帖冊子」は、空海が唐から持ち帰った写経の小冊子(サイズは縦横とも十数センチ)30冊で、一部に空海自筆を含む。古来、真言宗の重宝として尊重されている。付属の箱は朝廷から下賜されたもので、平安時代の漆工芸品として貴重である。
御室相承記?仁和寺の歴代法親王の記録。鎌倉時代。
高倉天皇宸翰消息?「宸翰」(しんかん)は天皇の直筆、「消息」は手紙の意。若くして死去した高倉天皇の18歳の筆で、同天皇の現存唯一の遺筆。
後嵯峨天皇宸翰消息?後嵯峨天皇の確証ある遺筆としては唯一のもの。
黄帝内経明堂2巻・黄帝内経太素24巻?中国の医学書『黄帝内経』(こうていないけい)の注釈書。「明堂」は鎌倉?南北朝時代、「太素」は平安時代の写本。
医心方?日本最古の医学書『医心方』の平安時代後期の写本。
新修本草?唐時代の薬草に関する本『新修本草』の鎌倉時代の写本。

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2009年03月17日 12:08に投稿されたエントリーのページです。

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